感じたことを3つ・・・ 神戸大学2回生 種石 光

僕がインドに行って感じたことを全て書くと、何枚紙があっても
足りないので、三点に絞って感想をまとめます。
 
一点目は、インド人はなんて楽観的なんだ!ということです。それはインドの道路での、車や歩行者の動きを見るだけでも分かります。車やトゥクトゥク(原動機付き三輪車)は、多少こすっても気にせず進もうとするし、歩行者は信号機のないところで(信号機自体がとても少ないのですが)車がなかなかのスピードで走ってくる前を、手を上げて飛び出して渡ります。
交通のあり方に留まらず、インド人の楽観主義さ、物事に対する我々から見るところの「ゆるさ」は随所に現れていました。しかしながら逆に、規制規制で、あらゆる行動を縛り付けている日本の社会のあり方は、本当に“インドの社会よりも高度なものなのか?”と疑問に思ったりもします。「日本社会には規制がある」「日本人が規制を求める」ということは、「なかった場合に不都合が起きる」と恐れているからであり、そういう意味では、日本では「人間は所詮、信頼関係といったものを根拠にして行動することは出来ない」と考えることが主流であるということになります。しかしインドでは、規制のないところで、ある程度相手を信頼しながら人々は生活していました。日本人が人間に対して、「規制がなければ危ないから仕方がない」と諦めた部分を、インド人は未だに大事に持っているということが出来ます。その意味で、日本社会の方がインド社会よりも進んでいると、果たして本当に言うことが出来るのでしょうか。むしろインド社会の方が、人間の理想のあり方に向かって、人間を訓練してくれるような環境なのではないかと思いました。
 
二点目は、幸せとは何だろうか?ということです。国際協力等に携わり、実際に現場に入って途上国の人々の生活や状況を“改善”するとなると、当然「どんな風に?」と考えるものだと思います。その際に考慮するのは当然、日本人が考える“幸せ”ではなくて、手を加えられる現地の人が考える“幸せ”である必要があります。そしてインドでは、長らくカースト制度がとられていたことと、その根拠として遥か昔からヒンドゥー教が存在することが影響して、自分たちの置かれている境遇に対して、「変えたい」という欲求が薄いように思います。そのような気持ちが、一点目で書いたような楽観主義と繋がってくるのだとも思います。
実際に一緒に遊んだ光の教室の、スラムに住んでいる子ども達は常に屈託のない笑顔で、背景にある、(我々の目から見るとそう思う、)生活の苦しさ、貧困さは全く感じませんでした。
それはつまり、「何か状況を変えてほしい」と彼らは望んでないということであると思います。
「カーストに起因する差別をなくしてくれ」「貧困の格差を是正してくれ」「もっと面白い娯楽をくれ」そんな欲求は感じませんでした。彼らにあるのは今のこの一瞬をどう生き抜くかということだけで、それがスラムに住む人たちに求められる唯一の考え方であるのだと思います。
望んでいない彼らの目を無理矢理外に向けて、自分たちの知らない“幸せ”の価値観を指差し、「あれに向かって頑張ろう」と彼らの背中を押すのは、キツイ言い方をすれば、「いい迷惑」であるのかもしれません。しかしながら僕は、先進国が自国の成長のためにないがしろにし、搾取してきた国の人たちには、何らかの保障は必要であり、どういう形でも賠償することが道理だと今でも思っています。スタディツアーを終えた今、「国際協力とはどうあるべきだろうか?」と、とても悩んでいます。
 
三点目は、光の音符の活動は、きっと子ども達に影響を与えているのだということです。
僕はツアーに参加する前は、光の音符が行っている、スラムの子供達に音楽やダンスを教えるという行為に本当に意味があるのか?と大分疑っていました。音楽やダンスを教える前と、教えた後との比較は、一度きりしか現場を見てない僕には不可能ですが、その効果はおそらく生徒それぞれの個人差として現れていたのだと僕は考えています。つまり、光の音符に通い始めて日の浅い子や、誰しもにある向き不向きの問題で、ダンスや音楽に関して吸収が遅いような子と、長い時間かけて取り組み、習得するまでに至った子を比べれば、おのずとダンス・音楽教育の効果は分かってくるという発想です。その点から子ども達を見ると、例えばある子は落ち着きがなく、歌の練習中、ダンスの練習中にも、ツアー参加者をつついて回ったり、なかなか練習の輪の中に入れてなかったりしました。かと思えば、ある子どもは、体を使ったゲームをするからと、皆で一列になる際に僕たちを並ばせてくれたり、スラムの中でも特別住人の警戒心が強い場所にさしかかったときに、「ここから先はカメラの撮影はやめとけ」と指示を出してくれたりしました。
そのような子ども達の一種の「自立心」の芽生えというものには、光の教室が少なからず、影響を与えているというふうに思います。  

以上が、僕がツアーに参加して感じた主な三点です。

  1. 2012/11/06(火) 09:57:30|
  2. 2012年9月ツアー感想文
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インドでの実感 大阪大学1回生 木戸 千束

私は今回のインドの旅で、「実際に体験しなければわからない」という言葉を実感しました。実際にスラムで暮らす子ども達と触れ合い、スラムを見て、インドという国を見て、たくさんのことを知ることができました。
 一番強く感じたことは、貧しいから不幸、というわけではないということです。
私はスラムやスラムいる人たちに対して、とても怖いイメージを持っていました。しかし、スラムの子ども達や出会った人たちは、とても元気で明るく、私たちに対してもとても優しく接してくれました。確かに生活は貧しいものですが、自分たちは不幸だ、という意識は全く感じられませんでした。これは、彼らにとってこの生活が当然のことだからではないかと思います。
このように、私の中での貧困に対するイメージが変わったと同時に、支援の在り方についても考えの変化がありました。衛生状態の悪さから起こる病気に対しての支援や、さまざまなことに関する教育・知識の支援などは必要だと思いますが、物的支援について疑問を持つようになりました。一時しのぎの金銭の支援や物の支援は、彼らは教育支援などより喜ぶかもしれませんが、それは彼らが短期的な生活の考え方を持っているからだと思います。しかし、それでは、彼らは本当に自立することができません。支援とは一方的であってはいけません。長期的に見て、本当に必要な支援とは何か、ということを現地で実際に見て、感じることが大切だと実感しました。

光の音符の行っている、ダンスや音楽の教育は、正直とても難しいものだと思います。成果も見えにくく、数字で表せるものではありません。私自身この活動を初めて聞いたときは、正直、重要性が分りませんでした。しかし、実際に教室で楽しそうにダンスをしている子ども達を見て、また言葉は通じなくてもダンスを通じていろんな人と仲良くなることができて、この活動の必要性を強く感じました。インドに強く根づくカースト制度を超えて、子ども達が一緒に楽しくダンスする姿を見て本当に感動し、この活動に可能性を感じました。

この旅に参加して、とても元気で明るいスラムの子ども達や、インドの人々、そして、ツアー参加者や光の音符の人々と出会い、いろいろなことを知ることができました。
本当に参加してよかったです。

  1. 2012/11/06(火) 09:56:41|
  2. 2012年9月ツアー感想文
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初めての海外、初めてのインド 神戸大学1回生 上之浦 孝樹

自分の知らない世界を見てみたい、そう思って参加したツアーでした。
初めての海外、初めてのスラム。少し不安もありましたが、参加を決め
た日からずっとわくわくしていました。インドに到着し、スラムに行って
みると、そんなわくわくに応え、不安も消し去るようにスラムの子ども達が最高の笑顔で迎えてくれました。その子ども達は、貧困という厳しい現実の中で生きているという事実を疑ってしまうくらい幸せそうで、一緒に遊んだり、ダンスをしたりすることを通して僕たちに幸せを与えてくれる力を持っていました。
インドで体感した格差社会や貧困、文化の違いなどの一つ一つは、自分の持っていた常識を打ち破り、深く考えさせられるようなものばかりでした。インドでの11日間は、僕の、普段の何気ない日々を、何年も凝縮したくらいの意義と充実感がありました。特に充実した11日間を過ごせたのは、ツアー参加者との出会いによるものが大きかったと思います。このツアーでは、インドの街の風景や子供たちの笑顔、スラムに対する認識など、一生忘れずにいたいと思えるものに出会えました。本当にいいツアーでした。

  1. 2012/11/06(火) 09:52:03|
  2. 2012年9月ツアー感想文
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Are you happy? 大阪大学2回生 安田 大志

インド。それは人間の森。

木に触れないで森を抜けることができないように、
人に出会わずにインドを旅することはできない。

インドにはこういう喩えがある。
深い森を歩く人がいるとしよう。その人が、木々のざわめきを、小鳥の語らいを楽しく聞き、周りの自然に溶け込んだように自由に歩き回れば、
そこで幸福な1日を過ごすだろう。

だがその人が、例えば毒蛇に出会うことばかり恐れ、
歩きながら不安と憎しみの気持ちを周りにふりまけば、
それが蛇を刺激して呼びよせる結果になり、
まさに恐れていたように毒蛇にかまれることになる。  ― 地球の歩き方 インド より ―



今回のスタディツアーと、離団してからの一人旅を通じて、僕は、インドという森の歩き方を教わりました。インドでの旅を楽しめるかどうかは自分次第。この国は、自分自身を映す鏡でもありました。

「インドにいく。スラムにいく。」そう言うと、みんなに「気をつけろよ」「無事に帰ってこいよ」というようなことを言われました。スラムは本当に暗くて、危険な場所でしょうか。
少なくとも、僕らの訪れたスラムは明るくて、笑顔に満ち溢れていました。
僕らの不安をよそめに、教室の前でバスを降りた途端、一瞬で子どもたちに囲まれ、気づくと彼らと一緒に走り回っていました。彼らと過ごした5日間、彼らはもちろん、僕ら日本人も笑顔が絶えることはなかったように思います。

僕はダンスを始めて1年半も経っていませんが、ダンスによって人生が豊かになったと実感しています。ダンスはよく、コミュニケーションの手段の一つだといわれますが、ブライアンダンスアカデミーの人たちと一緒にダンスさせてもらって、そのことを改めて強く感じました。
全然聴いたこともない曲が流れようが、同じ曲でバトルしたとき、言葉以外で自分を表現できることの素晴らしさを実感しました。曲が鳴り止むまで、ほんとにPeaceな時間が流れていたように思います。しかしそれ以前に、体一つで自分を表現できることそれ自体の幸せが、僕は大きいと思います。音楽ひとつあればどこでだってダンスはできる。自分の感性で音を感じ、自分の体で自由に表現する、そしてそれが周りに評価されたなら、それほど楽しいことはないと思うのです。しかしそれには努力が必要で、そうした努力は、あの子たちの一番苦手なことの一つなのだとゆりさんが教えてくれました。
でも僕が今そうであるように、一度自分のダンスで拍手喝さいを浴びてしまったら、その幸せを覚えたなら、その努力はなんの苦でもなくなります。
確かに、カーストにすら属さずアンタッチャブルな存在とされ、スラムに住み続けるしかない子どもたちにとって、夢や、それに向かって頑張る努力は、もしかしたらただ空しいだけのものに感じるかもしれません。でも子どもたちが未来に、ささいなことでもいい、なにか希望がもてるなら、毎日が何倍も幸せになると思うのです。
それに彼らは天才です。ちょっと踊ってみせると、何も教えなくても見よう見まねでそれっぽいものを完成させてしまう。それに、子供たちはいい意味で目立ちたがり屋でした。自分をなんとかカッコよく見せようとする。これはダンスで一番大事な才能のひとつだと思います。
たとえダンスそのものが幸せだと感じられなくても、ダンスを通じてその幸せをみつけられたなら、何かに向かって努力する楽しさを感じてくれたなら。それが、この教室(事業)の目標である、「子どもたちの精神的自立」につながるのではないでしょうか。
教室の子ども達の姿を見ているうちに、またゆりさんやスーリアさん*たちの話を聞くうちに、この団体の活動は、子ども達にとっても、インドという森の「歩き方」を教えてくれるものなんじゃないかと僕には思えました。(*注:スーリアは「太陽」を意味するヒンディー語。田中秀弥君のインドでの愛称です)
現在のインドにおいて、彼らに対する差別がなくなることは難しいでしょう。
現状、彼らの未来は決して明るく拓けたものではないかもしれません。その中でも、子ども達が将来強く、今と同じ笑顔で暮らしていくための活動なんじゃないかと思います。
僕らが子供たちにしてあげられたことは、季節はずれのサンタクロースのようなものなのかなと思います。遠い国からプレゼントを持ってきて、すぐに帰っていってしまう。
でも、その短い間でも、みんなめいっぱい遊んで、触れ合って、子ども達も心から楽しんでいるように見えました。
僕らがこの一週間でしたことは実際そんなものなのかもしれません。でも、僕らは彼らに出会ってしまった。自分から何かすることはできなくても、一人一人がみんな、彼らのために、何か少しでもしてあげたいという気持ちを持ったんじゃないでしょうか。
ゆりさんがいて、光の音符があって、教室があって、子ども達たちが元気に成長してくれている限り、日本にいても、僕らは彼らの成長を見届けることができるし、
何かあれば、彼らのためにしてあげられることもある。そんなつながりが
インドと日本の間でもっと広がればと思うし、そんな場所を守っていく、
広げていく手伝いが少しでもできたらと思います。

離団してからの旅の中(注:9月18日、日本に帰る
ツアーメンバー達と別れ、大志君はインドでの一人旅を開始しました)でも、インドという森の美しさと、同時にその深さを目にしました。
光の音符のおかげで今回の旅は出会いに満ち溢れていました。一人旅をしていても、一人になることはほとんどなく、気づくといつも誰かが僕の隣にいました。
前回タイとその周辺国にいった時には、見知らぬ土地に対する不安で、警戒心むき出しで旅をしていました。話しかけてくる地元の人々とは目もあわせず、物乞いも無視して、自分と同じ旅人にだけ簡単に心を開いて旅を続けました。その旅の途中で僕は10万円を失いました。どこで誰に盗られたのかもわからず、ただその国とそこの人々のことがいっそうキライになって帰ってきました。
光の音符の人たちはそんな僕とは違いました。おみやげ物屋さんの前で僕らに寄ってきた子ども達に、嫌な顔ひとつせずにアイスをおごってあげて、一緒にアイスを食べながら、最後には子ども達と一緒にわけのわからない歌を歌いながら遊んでいました。子供たちもお金をせびり続けながらも、その変な日本人たちを楽しんでいたように見えました。
その国の人々と絡むことを必要以上に怖れてはいけない、お金を払うことを必要以上に固く考えることもない。お金をあげたければあげたらいいし、面白そうだと感じたら、その人と話してみればいいんだと思いました。しかもそれは、インド人だって少なからずそう考えているんだと思います。
“Are you happy?”インドではいろんな文脈で訊かれることがあります。
僕のカバンを何メートルか勝手に持って、へたくそな日本語を一言二言しゃべっただけでhappyか?ときいてくるやつもいれば、僕が明日暇だというと、昼飯とウイスキーを家から持ってきてくれて、「観光地はいらない、静かな所につれてってくれ」という僕のむちゃぶりに応えながら一日一緒にまわってくれて、最後に料金をきくと、“Are you happy?”とだけきくおじさんにも出会いました。そのときに、自分がhappyな分だけ払えばいいんだと気づきました。
お金を払った時のおじさんの反応をみるに、その時僕はけっこうな金額を払ったんだと思います。普段ならぼったくられたと悔しがってるところでしょうが、僕は “happy”でした。
別にインド人を美化するつもりはありません。実際、旅の中で寄ってくるインド人の多くは、僕からお金をとることしか考えていない人たちでした。しかしそれで、インド人は賤しい、がめつい、こすいとか決めつける考え方は好きじゃないです。
いろんな国を旅してきた人の多くは、あそこでぼったくられたとか、それくらいのことで、
「あそこの人は」って決めつける人が多い。でも僕がたった20日の間に出会ったインド人にも、もちろんうさんくさいインド人もいれば、気弱なインド人も、辛いのが苦手なインド人もいました。いい人、悪い人の基準は分らないけど、当然インドにもそのどちらもいます。どんな人に出会うかは自分の運。僕は運良く“いいインド人”にたくさん出会えました。また会いたいと思える人、また帰りたいと思える場所が、インドにはたくさんあります。
教室のシスターもよく僕にhappyかと訊きました。僕は子ども達のおかげでいつも迷わずhappyだと答えることができました。インドは僕にとって、もうただの暗い森ではありません。僕をhappyにしてくれた子ども達への恩返しに、彼らの成長を見守っていけたらと思います。
そしていつか成長した彼らに、同じように“Are you happy?”と訊いてみたいです。

  1. 2012/11/06(火) 09:48:07|
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